Q1 私たちの家の庭にはあるけど、山や森にないもの、なあに?

答え:肥料袋とジョウロ
 誰も定期的に肥料や水をやっていないのに、一年を通じて青々と生命に満ちた山や森。不思議に思ったことはありませんか? 私たちの庭にもちゃんと草花は生えている、野菜も植えてある。でも肥料や水をやらないと、貧弱なまま実がつかなかったり、いつのまにか枯れてしまったりします。一方、森や山の植物は、深い雪や変わりやすい天候にも耐え、何年、何十年、何百年、何千年、何万年、何億年と、人間の歴史をはるかに超えて生き続けています。はてさて、この差はいったいどこからきたのでしょう?


Q2 山や森にあって、みんなの家の庭にないもの、なあに?

答え:菌根菌(きんこんきん)を含む元気な土中微生物たち
 これからお話するのは、この、古い古い地球の友だちのことなのです。
 4億年前の地球に戻ってみましょう。この頃、最初の陸上植物が登場しました。当時の陸は今の森や山と違って、植物にとって非常に過酷な環境でした。なにしろ栄養分があり、保湿性を提供してくれる堆肥となる落ち葉というものが、まだまったくない状態だったのです。もともと土には有機物がほとんど含まれていません。こんな環境でスタートした植物をまっさきに手助けしたのが、一足早く陸上生活をしていた土中微生物です。中でも植物との密接な関係がもっとも良く知られているのが「菌根菌」というわけです。それからというもの、現在にいたるまで植物と菌根菌はお互いに助け合いながら進化をすすめてきました。今も自然環境に生える植物は、ほぼ例外なく菌根菌と共生関係を持っています。


Q3 What's きんこんきん?

答え:植物にとっての菌根菌は、人間にとっての大腸菌
 人間は、大腸菌が体内に共生してくれないと、食物を分解できずに消化不良を起こしてしまいます。分解しなくて吸収できるというと、いわゆる栄養剤の類に頼らざるを得なくなり、健康を維持することもほぼ不可能になります。
 菌根菌も、栄養分が少ない土からでも植物が自分自身では十分にとれない栄養素や水を補給してくれる存在です。さて、ここであなたの家の庭を見渡してみましょう。菌根菌は、存在しているでしょうか? ほら、片隅に置いてある化学肥料やジョウロ、スコップ……。あなたの目に映るのが、人間の手で一生懸命支えなくては消えてしまう弱々しげな植物の姿だとしたら、そこに本来の健康な共生相手である菌根菌はいないかもしれません。
 多くの研究者たちはこう考えています。人間が手を加えた「庭」や「畑」などの植物が人工的な栄養剤である化学肥料を必要とし、定期的に水やりをしなければ枯れてしまうのは、菌根菌を代表とした土中微生物との共生関係がなんらかの理由で途絶えてしまったからだと。では、もとに戻るにはどうしたらいいのでしょう。


Q4 庭の木よりも山の木のほうが早く大きくなるのはなぜ?

答え:庭では菌根菌その他の土中微生物との共生関係が妨げられているために、植物自体の栄養吸収能力が劣っているから
 上の答えは、一応の正解です。植物は三大栄養素の中でも特に重要なリン酸の吸収を菌根菌に頼ったまま進化してきましたから、菌根菌がなくなると、肥料を与えられないと生存できないひ弱な存在になってしまうのです。山や森の場合、そういった栄養分は落ち葉や小動物、微生物の糞・死骸などによって供給されています。しかし、それなら「庭」で十分供給されていてもおかしくないのです。実際、自分の庭や畑に肥料や水の世話の必要ない、生き生きとした自然を呼び戻した人たちは何人もいます。
 木も、成熟すれば、それほど菌根菌に頼らなくなりますが、まだ弱い苗や若木の時点では菌根菌から大きな恩恵を受けます。本当は狭い庭でも
プランターや鉢植えでも、条件つきですが菌根菌を含む土中微生物は十分生息し、植物と共生関係を持つことができるはずなのです。逆に言えばこの「条件」というのが、なぜ私たちの庭に菌根菌をはじめとする有用微生物がいなくなり、植物がすくすく育たなくなったかを解くカギになります。
●ペチュニアの鉢植え
菌根菌を接種すると、そうでない場合に比べ、
その植物は、病気、虫、温度差などに対して
同じ生育条件下でもよく耐えられるようになり、
厳しい環境にあっても生存率が高まる
▲菌根菌なしの苗 ▲菌根菌を加えた苗
(photo/special thanks to Dr. Ted St. John)



Q5 なぜ土中有用微生物が私たちの身のまわりから消え去ったの?

ひとつめの答え:土壌が過栄養になると多くの土中有用微生物は繁殖できなくなる
 生ゴミなどにすぐ旺盛な食欲を示す腐敗菌などとは異なり、土中微生物は微栄養の状況下でもっともよく繁殖します。まあ、そもそも土という環境には栄養がふんだんに存在するわけではないので(4億年前の陸地を思い出してください)、そのような環境下で進化した微生物たちが微栄養を好むのも当然かもしれませんね。
 したがって、近代社会で一般的に行われている化学肥料の多用が、土中有用微生物の環境に大きな打撃をあたえました。彼らは殺虫剤、除草剤、農薬などの化学薬品にも敏感に反応して死んでしまいます。植物は、栄養素さえあればとりあえず成長しますから、一見化学肥料や化学薬品が植物の成長、健康を助けているように見えますが、実際には有用微生物がいなくなることによって、その健康状態を見えないところで大きく損なっているのです。

ふたつめの答え:切れたネットワークは放っておいても戻らない
 日本の宅地開発の現場を眺めてみると、宅地を確保するために必ずといっていいほど植物をとりのぞき、表土を削り取ります。土中有用微生物は植物の根の周りの「根圏」といわれる部分に生息しますから、表土を削り取るとそれだけでいなくなってしまいます。ある園芸会社の社長さんによると、環境の意識の高いドイツでは、宅地開発の際に表土を削らせないということでした。
 一度いなくなった土中有用微生物は、そう簡単には戻ってきません。土中有用微生物がいなくなったことによる植物の生命力の低下をカバーするために、さらに化学肥料や農薬をやっていたのではなおさらです。
 菌根菌は、過去100年以上も有用微生物として研究されてきましたが、非常に手に入りにくいものでした。その理由は、菌根菌の繁殖の方法にあります。菌根菌は植物なしには生きられない絶対共生微生物なのです。そのかわり、いったん菌根菌が植物に接種されると、植物の根を支援する菌根がびっしり張り始めます。菌根の長さは、数センチから時には数メートルに至り、成長途中で新しい植物の根に出くわすと、すぐさまもぐりこんで共生を行おうとします。
 これによって、森や山のように連続して植物がある土地では、菌根菌の巨大なネットワークが作られます。でも、地続きでなければ、つまり、土と植物のネットワークをあちこちで分断されたならば、空を飛べない菌根菌は繁殖していけないというわけなのです。
菌根菌には基本的に根の細胞の中にもぐりこむ内生菌根菌と、
根の細胞の外にとりつく外生菌根菌と、その両方を行う内生外生菌根菌がある。
すべての植物の約80%までは内生菌根菌と共生関係を結ぶ。
針葉樹などは、外生菌根菌と共生関係を結ぶ傾向があり、
すべての植物の90%までは、なんらかの菌根菌と共生関係を結んでいる。



Q6 では、山や森や公園の土を借りてくればいいの?

答え:菌根菌と金庫の金は、借りてくるより増やすが勝ち(笑)
 菌根菌のいる自然の土を失敬する。確かにその手はあります。でも、やりすぎると一種の環境破壊になってしまいます。農業で使えるだけの量、また私たちにわかガーデナー全員が使えるような量を確保しようとしたら、おそらく近隣の山や森は裸になってしまうでしょう。
 本当なら菌根菌は自分たちで増やして使いたい。でも、菌根菌は植物がないと生きられないので、パスツールが細菌で行ったような純粋培養ができませんでした。積極的に利用できるほどの菌を培養できるようになったのは、ほんの数年前です。それでも、日本国内や多くの国では、農業で活用するにはコストがかかりすぎるのが現状でした。最近、アメリカでは、最新テクノロジーの成果によって、低価格で質の良い菌根菌が大量生産され始めています。菌根菌が私たちの身のまわりでその真価を発揮しはじめるのは、これからでしょう。


Q7 菌根菌を加えると、土と植物にどんなことが起こるの?

答え:こんなことが起こります
▲左半分が菌を加えた土地
 右側と景色の差は歴然
▲植えて3カ月め
 楓の苗の比較
 左は菌と共生
▲菌の共生する
 各種ハーブ
 大変力強い根
▲完璧な荒れ地にも
 緑が蘇り始める

 菌根菌と共生を行うと、植物が必要とする三大栄養素の窒素、リン酸、カリウムのうち、植物が特に吸収を苦手とするリン酸の吸収が大幅に向上します。リン酸は、実と花の成長に貢献する非常に重要な栄養素ですが、窒素やカリウムと比べて水に溶けにくく、また植物が吸収しにくい有機リン酸として土中に存在します。植物が陸上にあがって4億年にもなるのに、いまだにリン酸の吸収がへたくそなのは、その期間ずっと菌根菌に頼りつづけてきたからでしょうね。菌根は土中の有機リン酸を植物が吸収しやすい形に加工して根まで運んでくれます。
 さらに、菌根菌との共生があると、植物の葉も厚くなる傾向があります。もちろん、植物の根が届く場所よりもずっと離れた場所まで菌根が伸び、植物が養分、水分をとりこむことができる「根圏」と呼ばれる領域がぐっと広がるため、過酷な条件でも植物の生存率があがります。また、植物の光合成が刺激され大量の二酸化炭素が酸素に変換されるという、環境に対する大きな利点もあります。それもそのはず、菌根はほとんどが炭素でできていて、植物に水分と養分を送る代償に植物から炭素を受け取っています。自然界でもっとも大きな量の炭素固定を行っているのが菌根だといわれます。土中の有機物中でも大きな割合を占めています。菌根はいったん接種されるとどんどんと繁殖・成長を続け、寿命が来て死んでからも土を豊かにしていくのです。
実施はしごく簡単です。
植物の根が活発に成長する若い時期に、
その根のすぐそばに菌根菌の胞子を施用するだけで、共生関係が生まれます。
種をまくときに種をうめる穴に入れたり、苗を定植するときに苗穴に入れたりします。
後は土の中で勝手に成長して繁殖してくれます。効果が現れはじめるのは約一週間後。
柑橘類を中心とした果樹、くるみ、アーモンドなどのナッツ類、トマト、いちごなどでは、
収量が何倍から、時には何十倍という劇的な変化を見せることが報告されています。
(左)ポット植えの芝。
右列のみ種をまくとき
菌を入れて3カ月め

(photos/special thanks to Dr. Ted St. John)


コラム 庭やベランダにあるポットの土のリサイクルについて
 園芸用のポットに入っている土も、菌根菌を接種しておけば使用後に捨てなくてよくなりますか? 土は燃えないゴミです。入れ替えはずっしり重くて、腕も気分も重くなります(笑)。毎シーズン、そんなことしなくても勝手に健康な植物が育ってくれれば、健康で楽しくお金をかけない、がモットーの、地球に優しい生活に、とってもかなうのですが…。
 植物は、土から栄養吸収しています。直植えした植物は、落ち葉や土中のミミズの糞や微生物から栄養分を補給してもらえるので、必要栄養素がまったくなくなるということはないはずですが、ポットのように限定された環境では、土中の栄養素が偏り、さらに有害微生物に感染する可能性があるというのが、土を捨てる理由のようです。
 しかし、コンクリートやアスファルトに囲まれて緑が少ない生活をしている私たちにとって、土が燃えないゴミになるなんてもったいない話ですね。土を入れ替えない方法は、いくつかあります。
 まずは、鉢への植えつけ時に菌根菌を接種すること。繰り返しになりますが、菌根菌の接種は、根が活発に伸びる苗や若木の時期が一番効果があります。菌根菌との共生がおきると植物は少ない栄養素や水を有効利用できるようになりますから、土の栄養バランスの変化の悪影響を軽減することができます。また、菌根菌自身が炭素でできた有機物なので、多少なりとも土が豊かになっていきます。
 土中の栄養素が偏る問題は、堆肥を追加したり、植え替えを行うことによって回避できます。それから、これは裏技ですが、超遅効性の肥料を使うことが挙げられます。最近では風邪薬のカプセルみたいにコントロールリリースでゆっくりと肥料を土中の水分に対して拡散リリースする、コーティングされた肥料が販売されています。これなら自然の土壌と同様に微量の必要栄養分が常に提供されることになり、微生物も小動物も死にません。コーティングの厚さによって、半年〜1年ぐらい肥料をリリースしてくれる仕組みになっています。一年草なら半年、多年草なら1年有効のものを使えばいいでしょう。

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